計115歳の旅

予定外の休暇は計115歳の旅となった

小雨降るなか、ジャムおばさん宅に到着。
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お目当てのジャムはあった。
アンパンマンは雨ざらしでちょっと怖い。
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二日目、晴天の然別湖。
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水曜日は定休日でした。
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糠平湖にかかるタウシュベツ川橋梁
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。。に向かう途中の巨木ミズナラ
幹周り460cm
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幌加温泉 鹿の谷
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そして、三股山荘とニペ
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三国峠
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層雲峡でパチンコの練習をして、滝川へ
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お疲れさまでした。
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関門海峡といくつもの店

元旦に実家に戻ったとき、ひょんなことから餅屋の話しになり、そこから幼少期を過ごした門司の町(正確には葛葉のあたり)の話になった。
北海道に来てから19年。生まれてから11年の月日を過ごしたあの町のことを、記憶のあるうちにつづっておこうと思う。

・・・自宅の2階にある子供部屋とテレビの部屋からは巌流島がよく見えた。そう、武蔵と小次郎の・・・島であり、猪木とマサ斉藤の・・・島でもある。

葛葉の町は関門海峡がよく見えた。関門海峡は、人道トンネル、高速道路、一般道路、国鉄と沢山の通り道があった。人道トンネルを通るときは、穴が空いたら溺れるんだろうな。と本気で思ってた。

葛葉の町は関門海峡から風師山に向かう坂道の途中にあった。その坂道を横切るように大きな道が二つあり、一つは海沿いの道路、一つは路面電車が走る道路だった。海沿いの道路は線路を越えて行かなきゃならんので、小学生の僕が勝手に行っていい場所ではなかった。路面電車はなくなってしまったけどけど、人が電車にぶつかったとか、電車の中で鼻血を出すまでケンカしたとか、あの電車にまつわるウソかホントか分からない話はいくつもあった。

関門海峡には沢山の大きな貨物船がとまっていた。じいちゃんはその港で毎朝釣りをしてた。ヒラやアイナメ、カレイがよく釣れた。貨物船がどこから来て、何を運んでいるのかは解らなかったけど、港には倉庫がたくさんあって、線路を越えた住宅地の近所にも倉庫があって、忍び込んでは遊んで、見つかっては怒られた。大人になって分かったことだけど、貨物船で働く人のために銭湯が沢山あった。小学生の行動範囲に3-4軒はあった。兄貴の友達の家も銭湯をやっていた。そして、酒屋はそれ以上にあった。酒屋のカウンターには、剣先イカが長い楊枝にささっていて、平日の昼間でも赤ら顔のおじさんがいたような気がする。駄菓子屋ができる前は、酒屋におでんを買いに行くと、機嫌の良いおじさんはおごってくれたし、機嫌の悪いおじさんには理由もなく怒られた。そんなもんだと思っていた。

普段の買い物は「三久スーパー」で十分だった。このスーパーのおかげでサンキューという英語をみんなが覚えた。葛葉に1軒しかないスーパーマーケット。スーパーの向かいの1軒屋では、玄関先でおばあちゃんが玉子をかごに入れて売っていた。記憶があいまいだったが、親父に確認したら覚えていた。他にも、八百屋と肉屋と魚屋、牛乳屋と餅屋と納豆屋と米屋、クリーニング屋に洋服屋、綿屋があった。小さいけど醤油工場とノリ工場、鉄工所もあった。たいていは同じ学校の知り合いの家だった。駄菓子屋は増えたけど、パン屋はできなかった。本屋の近所のおばあちゃんが玄関先で雑誌を売っていた。僕らは立ち読みならぬ、座り読みをさせてもらっていた。

確かに僕の行動範囲なんて、知らない人の方が少なかった。だから、3輪車で遠出ができたんだな。
また、思い出したら続きを。。。
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